愛の力とはどのようにして始まったのですか?
≪富士実さん≫
2004年ぐらいになりますか。
最初、私が「神の手かざし」をやっていて、
その効果が、悟り体験、みなもとの世界、愛の世界体験にも応用できるからか、
愛の力としてSPに採用されました。
「愛の力」は、いわゆる「悟り」とどう繋がっていますか?
悟りの世界というのは、全ての世界に繋がっていますよね。
簡単に言うと、この宇宙や、みなもとの世界、光の世界、愛の世界に繋がっています。
そこへ、愛の力は、繋がることが出来ます。
それも、今の肉体を持ったままで。
愛の力ってどういうものなのでしょうね?
愛といっても、“自分たちも愛である” という考え方ですよね。
愛を体験する人間(愛)。
愛の力を実践することで、愛自身を感じることになる。
パワーというのは、波動として顕れる場合とか、
優しさを感じる場合とか、色々なことを感じるのが、愛として感じること。
愛の力を遣ると、愛とは何ぞやということが分かってくる。
言葉で分かる範囲は3次元的な言葉を使えばそれまでだが
感じることは、簡単に言うと4次元、5次元的に感じる。
いわゆる「悟りの世界」を体験するのが、愛の力実践ですね。
悟りは、言葉にするのは非常に難しい状況ですよね。
体験してもらいたいがために会を開いてますね。
チャットに出てもらったり、会に出てもらうことで、
生でリアリティのある感触が得られるし、みんなで遣ればより感じられる。
愛の力を遣り始めてしばらくすると、首や肩などが重くなったように感じることがありますが、
どうしてそのようになるのでしょうか?
それは、愛の力の「前置き」でも話していますが、疲れや病気の気、
原因が浮いてくる現象ですね。
病気というのは、気が病んでいると書きます。
薬は、皆さんよく使われますけど、対症療法といわれていて、症状を抑えたりして
治った気がしている方が大半です。
いつも、そのようなことを繰り返していると、病気の原因は潜み、滞り、慢性化するばかりです。
愛の力には、慢性病、持病といったものはありません。
東洋医学にも、慢性病というものはありません。
原因療法ですから、慢性化することがないからですね。
うわべだけを治すと、原因はどんどん進行するわけですよね。
先ほどの質問で、「首や肩が重くなったように感じることがあります」ということですが、
これは、潜んでいた病気の気が、浮いてきている証拠です。
これが出ていってしまえばすっきりしますね。
これが出て行くというのは、愛の力で流れて出ていく?
そうですね。
簡単に言うと、身体の中にドライアイスの粒が、一箇所とか何箇所かにあって
あちこちから、湯気みたいに出てきますね。
それを「気」とすると、そのようにして浮いてくるわけですね。
どんどん浮いて、ドライアイスみたいな塊がなくなれば、治ったという状態になりますね。
病気というのは、ほとんど冷えているのですよ。
その場所、胃が悪ければ胃が冷えているのですね。
そこを治そうとして、炎症というものが起こって、胃炎というものが起こるのですね。
胃炎というのは、もう治りかけなのですね、本当は。
そこで、あまり薬で抑えつけると、治り損なうわけです。
そうすると、潜んでいて、また慢性化するということですね。
大きな原因は病んだ気が、一気に浮くとつらくなりますので、
愛の力を繰り返し遣ることが、よろしいのではないかなと思いますね。
原因を治すということで。
チャットなどで、愛の力を遣った後の感想が、
リンクしていたり、シンクロしていたりすることがありますが、
それはどうして起こるのでしょうか?
それは、簡単にいうと、元々、人類はひとつのみなもと(愛)から生まれているから、
というのは抽象的に聞こえますね。
でも、「愛の力」でのシンクロやリンクは、時間、空間の無い
「ひとつの愛の世界」からの表現だから、
時間空間のある今の宇宙での人類のひとり一人の想いでの「愛の力」を遣ると、
時間空間を越えたような「感想」を受け取るのでしょうね。
例えば、未来のひとつの世界のいち風景や心地よさ、一体感、
愛の世界を思わせる言葉では言い表せない情感あふれる幸せな幸福な(笑)
これもまた、情景が悟りの世界が見えたり感じたり、におったり・・・
笑いがあったりするのでしょう。
そもそも、愛と繋がる、愛を意識するって何なのかな?って思ってます。
瞑想などで得られる無心状態と神と繋がっている状態と言うのは同じなのでしょうか?
無心状態は無心だけですね。
愛と繋がればそれなりの状態になります。
無心になるからこそ、愛に集中し、繋がる事が出来ると言った感じなんでしょうか。
愛の力を始めたら、フワッと愛を感じたり、(目の奥に)光を感じたり、
身体が軽くなったり、心地よくなってきたり、
その中で、その時の問題が解決に向かったり、ヒントが降りて来たり、
その人その時や環境により顕れ方は様々です。
その時、問題があれば、その問題に囚われず、一旦気をそらし、愛に集中し、
愛の力を始めると良いでしょう。
問題が大きい時は、何回でも愛の力を遣ると良いでしょう。
すると、その内、自信というものが付いて来ます。
この自信というものは、ばかに出来ないほど効果が倍増して行きます。
愛の力をやるときに さっと入りにくい時があります。
どういう意識でやろうなどと考えたり、感じようと意識過剰になってしまったりします。
また、身体の凝りなどに気を取られてうまく集中できないこともあります。
こういった時にどうするとよいのかアイディアがあればよろしくお願いします。
わたしは、こんな時、危機のような時、
これらに負けないように、愛の力誘導文のように遣ります。
具体的には、より簡単に、「源、光、愛」についてを少しでも考えられるようにします。
(そんなときこそ強く意識します。他の事には目もくれず)
すると、意識したことになりますから、後は、愛の応答を待ちます。
自信を持って待ちます。(それには普段から自信を付けて置く必要があります)
愛の力、いつでもどこでも遣って下さい。
あらゆる場面でどうぞ。

